初めて見たスイスのパスポートに驚愕。
なんだそのカッコよさ(頭悪い感想だな…)。
展示用木箱のアイデアは非常に参考になりました。
http://www.d-akihabara.jp/exhibition/sb/index.html
初めて見たスイスのパスポートに驚愕。
なんだそのカッコよさ(頭悪い感想だな…)。
展示用木箱のアイデアは非常に参考になりました。
http://www.d-akihabara.jp/exhibition/sb/index.html
以前にも書いたように,南方は非常に苦手。だから自分が南の島を訪れる日が来ることなどは全く夢にも思わず,それ故にいざそこに降り立った時に何をしたらいいものかも皆目検討がつかず。しかし半強制的に足を運ばされたとはいえ,それなりの対価を得なければ割にあわん。で,そのうちのひとつが「無人島iPod」だったんだけど,その過程でもうひとつ,偶然にもはまったものが。
それは浜辺での貝殻探し。八重山の島々は珊瑚礁に囲まれているので,浜辺にはそれこそ無数に珊瑚や貝殻が転がっている(なかには浜辺自体がそれらで形成されているといってもいいくらいの所もあり)。それらの美しいことといったら。陽射しが無かったことも幸いし,時の経つのも忘れ,夢中になって拾いまくり。
貝殻と言えばまずは螺旋を描く幾何学的魅力。完全な形を保っているものはもちろんのこと,壊れて見えるその断面もまた素晴らしい。なかにはバベルの塔を想起させるものも。
また波に揉まれたことで白蝋化したかのように真白なものも美しい。色が抜け角が取れ,そして厚みも減り向こうが透けて見えるかのよう。更にその手触りはとてもなめらか。ふと,これと同じ質感の肌を持つ女性を妄想の中で思い浮かべてみたり。
そうこうしているうちに眼が肥えてきて,サイズの大きなものは大味すぎてイカンと満足できない体に。より小さく,より精緻なものを求めるべく,ついにはうつ伏せとなり砂浜から5cmと離れない至近距離から凝視。おぉ,これぞマイクロコスモス。これまでただの砂だと思っていたものが様々な形を見せ始める。2mm,3mmという体長で螺旋を描かれた日にゃぁそりゃもう…。
東京帰還後,それら収集物は一旦シャーレの中へ。大きさや種類で選別した後,それぞれは更に小さなシャーレの中に納まる予定。
牛若丸の新刊『TERRA』購入。
ボール紙で作られた天地が開いた函に収まった本,その開いたところから覗く銀色の小口(個人的にはちょっときつすぎたけど),函から取り出すと玉虫のような見る角度によってその色合いを変える表紙(中田金太かマジョーラか)。 牛若丸にしては珍しく派手な風体ではあるものの,いつも通りの見事なオブジェ本。
その派手な風体の理由は本の内容。櫻井欽一博士の鉱物コレクション(日本最大の個人鉱物コレクションで国立科学博物館に収蔵)の中から432片を収めた鉱物写像集。
敢えて残念だった点を挙げるとするならば,いつもの遊びが足りないかなぁと。カバー自体がないから裏をめくる楽しみがないし,隠れたメッセージ(本の内容がそうだったこともあったけど『ZERRO』には参った)も今のところ見つけられず。まぁ,あくまで個人的嗜好ですので,だからといってこの本の素晴らしさが損なわれているわけでは決してありません。
ちなみにこの鉱物コレクションは京都の分析機器メーカー,堀場製作所の2005年カレンダーにも使われています(ニュースリリース)。一般販売もしていたのでウェブから注文してみた。
陽射しも無く涼しかったので,存在は知っていてもきっかけがないまま足を運ぶことのなかった場所へとチャリを飛ばしてみる。
目的地はその筋では有名な切手屋。そりゃもう目移りしまくる中,まずはAlderney(検索したら,ノルマンディ沖にあるイギリス領だそうで)発行の皆既日食を描いた7枚綴りのシートを。
続いて,微妙にやってしまった感のあるバックミンスター・フラーや,東ドイツ発行のバウハウスといったデザインものも。
そして今回最大のめっけもん,『Kill Bill』切手。9枚綴りのシートでゴーゴー夕張とオーレン石井がフィーチャーされている2種類(『Kill Bill』という括りではないけれど,同じフォーマットでユマ・サーマンのみのものも(買わんかったけど))。発行国は作品とは全く関係のないコンゴ民主共和国。明らかに外貨稼ぎ,でも思いっきり笑わせてもらったんで敢えて片棒を担がせていただきました。
先月の半ば頃から見かけ始めたのか,その場所でその意図でやるのかと思っていたカップヌードルのCM。今月に入って洒落にならなく…。
DVD発売が待ち遠しい『School of Rock』。その前にあの掲示板でジャック・ブラックによる『LOTR』のパロディ(MTVで放送されたらしい)の存在を知る。褒め讃える言葉もないくらいにバカ…。しかもこれ,『王の帰還』『旅の仲間』のDVDに隠し映像として入ってるんだとか。それを認めたピーター・ジャクソンも素敵(そういやジャック・ブラック,『キング・コング』への出演が決まってたなぁ。楽しみ)。
某所でonedotzeroのフライヤー入手。10/1~3,青山スパイラルホールにて。オフィシャルサイトを見ると10/10にはプラハにて。意味もなくそっちで見てぇ。
六本木で飯島洋一×松田行正のトークイベント。
初めて拝見した松田さん,淡々飄々とおもしろいお方でした。せんだいメディアテークは存じ上げていましたが,みなとみらい線 元町・中華街駅(せんだいメディアテークと共に設計は伊東豊雄)のサインにも携わっていたとは。これは行かねば。会場では『Mineralium Index』を購入。これ,この窪み,この指触り。たまらん…。また活版ならではの遊びも各所で発見(画像参照)。
流れの中でMicha Ullmanのベルリン,ベーベル広場(Bebelplatz)が話題に。忘れていたんで覚え書き。
・「Berlin Bau」
・『10+1』内,「IGARASHI Taro Photo Archives」
・「ギャラリーヤマグチ」(地下駐車場工事との問題があったんだ)
所用,後,印刷博物館で「五感を刺激! 現代ブックデザイン考」。
祖父江慎と松田行正のための展覧会と思えるくらい,とにかくこのお二人の手による本が目立つ。個人的にはやはり松田さんで,牛若丸はもちろん,獄本野ばらの著作(こんな機会でもないとマジマジと手に取ることのない類ですから)や,多摩美術大学メディアセンターのカタログなどを細部まで舐めるように眺める。
牛若丸についてはほとんど持っていたんだけど,取りこぼしていたなかで今回実際に手にとってみて強く惹かれたのが『MINERALIUM INDEX』。コンピュータでレイアウトした後,それを活版で再現。とにかくその印圧の強さがハンパじゃない。なぞる指の腹に感じるその窪みはちょっと悦楽的ですら。
帰りはやっぱり神保町経由。先週開店したばかりの古本屋に今日も。棚の眺めがいいのよねぇ。
友人にadidasの「Impossible is Nothing」キャンペーンを教えてもらう。Appleの「Think Different」を彷彿とさせる色調,そしてわかりやすく訴えかけるキャッチコピーとそれに続くマニフェスト。とかく斜に構えがちな性根に響きました。
TV CMではモハメド・アリ(とその娘)がメインに据えられているけれど,自分としてはサイトで紹介されている92歳のフルマラソンランナー,Fauja Singhに断然夢中。50代60代には憧れを抱くカッコイイオッサンが大勢いたけれど,さすがに90代ではいなかったよ。
ワタリウムで川崎和男氏の講演。テーマは「ロシア・アヴァンギャルド - デザインの源流から未来のデザインへ」。
川崎さんの視点で捉えたロシア・アヴァンギャルドというこたえられない企画(きっかけはロトチェンコの復元されたカップ(現在ワタリウムで展示中)を川崎さんが眼にしたことからだそう)。もちろん示唆に富む話を聞けることは分かってて参加したんだけど,そりゃもう本当に刺激的。なかでもマヤコフスキーの存在再確認(詩人としてよりもコピーライターとして),マレーヴィチの「Resolution 'A' in Art」(ネットで調べたらイタリアのサイトがひとつ出てくるだけ。図書館行って直で調べないとダメだ),更に一応元建築野郎としてこの時代からほとんど進んでいない建築図面の表現(タトリン以外でレオニードフ,チェルニオフ,メーリニコフなど)についてなど,色々と深く知りたいところを頂く。
他にも雑学的ネタ(自分的には大ネタだったけど)としては,コーヒーカップと受け皿の容積は等しくなければいけない(これが出来ていないもの(例えば受け皿が限りなく平面に近く容積が少ないもの)はデザインとして間違っている)という話。
仮にカップを倒した際,中のコーヒーを受け皿で文字通り全て受けることが出来ないといけない。というのがその理由。となると,「受け皿」という日本語も気になるところ。単にカップを「受け」るからだけでなく,コーヒーという液体を「受け」るという意味も含まれて(もしくは後者の意味のみで)命名されたのか?(ちなみに英語の"saucer"は辞書によるとラテン語の"sal"(英語の"salt",つまり「塩」)かららしい)。ちなみにネットでちょろっと調べたら,西欧では19世紀中頃まではコーヒーを冷ますために受け皿に移し替えて飲む人も多かったとか。その視点から考えてもそれなりの容積(その前にもちろん深さも)が必要だったことが類推できる。
どちらにしろ,自分のこれまでの生活習慣の中では受け皿を眼にすることが少なかったこともあって(今じゃマグカップどころかペットボトルが主流だもんな。せいぜい昔ながらの喫茶店に足を運んだ時くらいか(それすら少なくなってきてるし)),全く気に留めたことがなかった。まさに眼から鱗,これから視点が明らかに変わります。
講演終了後,外苑前の駅に向かうと聖地で八咫鴉を崇めた人々の途切れることのない青い列に遭遇。その上気した表情から自ずと結果は明らか。
電車内でよく見かけるJTの煙草マナー広告。
言われたって分からない方々がいるんだから,何を今さら言ってんだよ。などとは考えずに全面的に応援したいのですが…。
ものすごい素朴な疑問なんだけど,マナーを呼びかける文章に日本語と共に英文が併記されているのはなぜ?。しかもその横のピクトグラム(これがまたわかりにくいんだけど,今は置いといて)内の文字はなぜ英語のみなの?。マナーのなっていない英語を母国語とした日本在住者のほうが,マナーのなっていない日本語を母国語をした日本在住者よりも多いの?。いやほんと,誰に向かってマナー向上を訴えているの?。
なんつーかさ,こういう気分だけを表したデザイン(デザインのためのデザインと言ってもいい)って非常に腹立たしいんだよな。伝えるべき本来の目的を忘れて(もちろん確信犯だとは思うけど),ただ私達はちゃんと考えていますという態度を取りたいがためにやっているとしか思えない…(それともこちらがひねくれすぎ?)。
ピクトグラムを使用しているのも無意味に表現を柔らかくした偽善ぽさが滲み出ててさ(ピクトグラムという表現手法が現実そのものじゃないなんてのは当たり前だから言いっこなしね)。例えば「たばこを持つ手が子供の顔の高さだった。」と本当に言いたいんだったら,現実にサラリーマンあたりが街を歩き煙草しててさ,その煙草が子供の眼にぶつかる寸前(実際にぶつかってても全然オッケーよ)を撮影したものを使ったらいいやん。それを子供の身長と同じ高さの煙草を縦に立ててさ,だから何なの?。これで本当にその危険性に気づくの?。
各所で触れられている秋葉原ヤマギワソフト館の火事(kakaku.com)。ちょっと気になることがあったのでジム帰りに行ってみた。
今回火が上がったこのビルは名前の通りCDやDVDを扱う店舗なんだけど,その入り口とは別,大通りから入った横の路地に面して倉俣史朗がインテリアを手がけたカフェPiacereが入っている。CDやDVD売るのに火は関係ないだろう(休憩室とかはあるだろけど),ということはまさか火元?(そうじゃなかっとしても延焼している可能性も考えられる)。
すっかり暗くなっていて,またその横の路地が封鎖されていてカフェ正面から眺めることも出来ずと正確なところは把握できなかったものの,少なくとも火元ではなくまた店舗自体も焼失していなかった様子。ただすぐ隣の扉が燃えていて,また外壁にも黒く煤の跡が残っていたので,室内がどうなっているかは正直気になるところ。内装はどうしようもないとしても,椅子やテーブルは無事運び出されたのだろうか…。
銀座にて「注連縄 - 豊穣を招く渦」のセミナーを堪能。久しぶりにそのお姿を拝見した杉浦康平氏(師),そして森須磨子氏に心から感謝。
特に森氏からは望外の力を頂いた気分。こういう人がいるから日本はまだまだ捨てたもんじゃないと思うし,また自分も安っぽい厭世観に浸ってる場合じゃないと襟を正さずにはいられない。
代々木・渋谷方面に出向く用事があったので,だったらついでにと上原のあの店へ。想うところは色々とあるけれど,とりあえず1・2・3がブリスターパックになっていて驚いた(今年の秋頃からだとか)。
しかしそれよりも,その店へ向かう道の先にそびえ立つ尖塔に釘付け。近づくとその下には見事なイスラム建築が。存在は幾度となく聞いていたけれど,ここに建っていたのね。ありがとうあの店,おかげで思いがけず素晴らしい体験をすることができました。
中に入ると(基本的に誰でも見学可),まずはギャラリーに多目的ホール。壁・扉・家具(暖炉・棚・ソファ…)・照明・磁器・マーブル画…,それぞれに顔を押し付けるようにして幾何学文様とカリグラフィのディテールを堪能。
そして上階の礼拝室(メインドーム)へ。
心から帰依する宗教を持たず(とは言いつつ,多くの日本人がそうであるように無自覚な仏教寄りなんだろうけど),また更に言うならば,宗教が人類に与えた最大の教えは「争い」だと思っているくらいの人間ですが,殊,宗教美術に関しては全ての宗教に畏敬の念を抱く気持ちがありまして。で,初めて目の当たりにしたイスラム教建築の空間にただただ呆然。6本の柱で支えられた中央の大ドームと,その柱の間を埋めるように配された6個の半ドーム,カリグラフィになっている中央のシャンデリア,透かし彫りの石で作られた説教壇,螺鈿細工が施された扉…。ストラホフ修道院以来,その空間に身を置いただけで膝が震えて動けなくなる(そして図らずも,PC販売兼宗教団体の最大の失敗は,完全なる美的感覚の欠如だということも再確認してみたり)。
M.C.エッシャーの昂奮がちょっとだけわかったようなひととき。お努めの方に訊ねたところ,絵を描くこともオッケーということなので,スケッチブックを持って再び訪れますと伝えて辞す。
AmazonさんからKarl Bartos(Ex-Kraftwerk)『Communication』届く。
正直,このピクトグラムに惹かれてのジャケ買い。ライナーを見ると,収録曲のひとつひとつにも曲にあわせたピクトグラム有り(『The Camera』はもちろんカメラ,『I'm the Message』は海外の旅行者用インフォメーションセンターでよく見かける「i」の文字)。アートワークはハンブルクのWeissraum。サイトを見ると,CD Extraで入っている『I'm the Message』のPV(これまたピクトグラムで傑作。上記Weissraumのサイトでも視聴可)も作った様子。
ジャケだけでなく,パッケージとしての佇まいも素敵。Burgopakによるパッケージングシステムで,片側にあるベロを引くと,反対側からCDが出てくる仕組み(上記サイトにビデオでの実演有り)。
で,肝心の音は…。
Kraftwerk meets Dead or Alive and New Order in 2003とでも申しましょうか。某所でも書かれていたけど,特に3曲目の『15 Minutes of Fame』と New Order『Blue Monday』のイントロが激しく似て蝶。
石原豪人と言えば,自分にとっては小松崎茂と並ぶ児童画の大家という認識しかなかったんだけど,「美少年コレクション」展で「ジュネ」に1979年からイラストを描いていたことを知る。更にgoogleすると,Mac専用で『石原豪人のからくり美術館』というアダルトなソフトも出してたりと,今まで知らなかった一面が。
ちなみに彼とのファーストコンタクトは,イルカが人間を襲う近未来図(尾びれだけで直立したイルカが銃を構え都市部に出現,逃げまどう人間共に向けて乱射)が描かれた書籍。今や世間ではピースの究極のように扱われているけれど,自分にとってはそりゃ恐ろしい生き物。そのイラストが描かれていた書籍が『なぜなに学習図鑑』だったことも,今回googleで知る。盆に帰省した時,探してみようかな。
『metro min.』という営団地下鉄A等級(こんな言い方があるんだ。「1日の乗降客数が10万人以上を超える駅」のことだそうです)の17駅で配布されているフリーペーパー。
創刊号を手に取ったらあまりにも読むところが無くて(自分が読者ターゲットに入っているとも思わないんで当たり前と言えば当たり前),それ以来まったく気にも留めていなかったんだけど,偶然に7/20に配布された最新号No.9を開いたら,目次上部に松田行正による地下鉄各駅の深度を図示したダイアグラムが。
何これ,創刊号から毎回ずっとやってたの?。記事との相性の悪さに気を取られて目次は完全にノーマークだったよ。フリーペーパーだけにバックナンバーのチェックどころか入手自体も困難だし(オークションはなぁ),あぁどうしたもんか。
1日の半分以上を椅子に座って過ごす生活を続けて早幾年。
その間にどうも妙な癖がついてしまった様子。具体的には長時間同じ姿勢を保つことが出来ずに,片膝立てたり,片足だけ胡座の形になってみたり,しまいには完全に両足胡座,さらには正座までしていたりと,気がつけば足の所作がみっともないことになっている(特に作業の進行が滞るとなりがち)。これでは椅子を気を配って選んだ意味まで無くなってしまう。
ということで,フットレストを所望する気持ちが強まる今日この頃。
しかしネットで探してみると,予想以上に心に響くモノがない。実際の感触は足を置いてみないと(本当は今,自分が使っている椅子とセットで確かめないと意味無しだけど)わからないけれど,とりあえず良さそうに見えるのはhumanscale.comのこれや3m.comのこれかなと。
hhstyle.comあたりで種々取り揃えていないもんかな。
何度か利用する機会があったSAS。
この機内食の砂糖や塩・胡椒のパッケージ,荷物用のタグ,各種リーフレットなど,搭乗時に利用する様々なアイテムにそれを象徴する詩が英語で記載されています。
ストラホフ修道院,プラハのヴルタヴァ川西岸,小高い山の上に建つ。1140年建立。
ここには二つの図書館,「哲学の間」(FILOSOFICKÝ SÁL)「神学の間」(TEOLOGICKÝ SÁL )が。
「哲学の間」には二層の高さを持つ空間に天井まで届く書棚が部屋の四辺を囲んでびっしりと立ち並び,「神学の間」には書棚以外に複数の地球儀・天球儀が規則的に配置されている。また両者フレスコ画の描かれた印象的なヴォールト天井を持っている。
また,そのふたつの図書館を繋ぐ廊下には,硝子棚に収められた様々な蒐集品が。魚類・貝類・植物・鉱物・蚕…。澁澤龍彦が『滞欧日記』で「これは使える」と言ったのも頷ける怪しい景色。
http://www.strahovskyklaster.cz/